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【読マンガ感想文「君曜日・鉄道少女漫画」中村明日美子】鉄道には乗る人すべての物語が詰まっている

 私は王子駅を21時52分に発車する京浜東北線の桜木町行きに乗りました。同じ駅から電車に乗った20代くらいの女性が、マンガを読み始めました。
ちらっとタイトルが見えて、「君曜日」と読めました。
女性は西日暮里で降りていきました。
私は「君曜日」とはどんなマンガなのだろうかと、スマートフォンで検索してみました。

 

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「君曜日・鉄道少女漫画」とは


「君曜日」は2013年に白泉社から発行された、中村明日美子によるマンガ作品で、本のタイトルは「君曜日 鉄道少女漫画2」です。
2011年に発行された「鉄道少女漫画」から派生したスピンアウト作品です。
「鉄道少女漫画」は、基本的に1話完結のストーリーで、小田急線が関係している以外には各話が他の話と連動することがありません。一方で「君曜日」は、「鉄道少女漫画」の1話に登場した人物による連続ドラマ形式になっています。
「君曜日」は2017年7月に第3巻(「鉄道少女漫画」としては4巻目)が発行され、本の紹介には、「君曜日」の主人公である「アコちゃんと小平くんの初々しい恋物語、感動のフィナーレです!」とあります。
京浜東北線の車内で女性が読んでいた「君曜日」が1巻か2巻か3巻かわかりませんが、私は「鉄道少女漫画」の世界をまったく知らないので、刊行された順に「鉄道少女漫画」と「君曜日 鉄道少女漫画2」を買って、家で読んでみました。

 

鉄道少女漫画

鉄道少女漫画

 

小田急線に対する思い入れに圧倒される

 最初の短編作品である「浪漫避行にのっとって」は、小田急線のロマンスカーの車内で、スリを働こうとした少女が、財布の所持者である男性に捕まって、ドタバタ劇の幕が開きます。
作者は「あとがき」で「小田急が好きです。ロマンスカーが好き」ど述べています。
ストーリーを追っていくと「ああ、この人は本当に小田急線が好きなんだなあ」という安心感のようなものに包まれていくのです。
私は、生まれてから小学生の頃まで、王子駅の近くに住んでいましたが、親の事情で引っ越しをすることになり、小田急線の沿線にあるアパートでしばらく過ごしました。
その後、一人暮らしをしたのも、親が実家の隣に家を建てたのも、小田急線の沿線です。
今、私は京浜東北線の沿線で一人暮らしをしています。たまに京浜東北線に乗って、王子に行きます。駅の近くにある大きな公園でたたずんでいます。
小田急線のいくつもの駅とその周辺のほうが思い出が詰まっているのに。
京浜東北線に乗っている限り、小田急線の車両とほぼ出会わない安心感があります。
京浜東北線・根岸線の終点の片方は大船という駅です。小田急線は、大船から東海道線で1駅の藤沢に駅があります。もう1駅伸びたら、小田急線と出会ってしまう。この微妙な距離感が好きです。
小田急線に乗らなくなった私が、小田急線に乗りに行きたくなったのが、この作品です。一冊を読み終わってからすぐに、小田急線の沿線に住んでいる友達の一人に「鉄道少女漫画って知ってる?」と電話で話しました。

同じ列車に乗っている誰かの人生にありそうな話

 「鉄道少女漫画」が面白いのは、小田急線を使う人々が、それぞれの人生の中で、誰かと心のすれ違いを感じながら生きている、その切なさが描写されているところです。
自分が特定の人を大切だと思えば思うほどに、素直になれなくて、相手も素直になれなくて、歯車が逆回転してしまいます。
「浪漫避行にのっとって」では、ロマンスカーの車内で、スリを捕まえた男が、妻と口論します。
「最近目ェ見て話した!? 私なんのためにあなたと結婚したの!? 私家政婦じゃないのよ。お母さんじゃないのよ。便利に使われるだけならもうウンザリなの!!」
「…俺が食わしてやってるのに…」
(平手打ち)
「…ご乗車お疲れ様でした。新百合ヶ丘です。お出口左側です」
最悪の展開です。
しかし、ここまでのコメディータッチの絵や、根は悪くなさそうな人たちの会話を読んでいると、バットエンドはないな、という安心感があります。
ここから西村京太郎トラベルミステリーのような展開を織り交ぜつつ、電車は終点の箱根湯本をめざしていきます。
西村京太郎先生といえば、小田急ロマンスカーを扱った作品のひとつに「行楽特急殺人事件」があります。
タイトルが「殺人事件」ですから、人が殺されてしまう悲しい話なのですが、そこにもやはり、小田急線を利用している人々だからこそ起きるドラマがあります。
大切な人とのすれ違いの先に、歯車の回転が戻るか、逆回転のスピードが増して取り返しがつかないことになるか。「鉄道少女漫画」と「行楽特急殺人事件」を同時に読んでいると、まったく違うジャンルなのに境目がなくなってきます。どちらも時空を超えて同じ時刻を走る同じ月日のロマンスカーで起きた事件なのではないかと思ってしまうのです。紙一重とは怖ろしいことなんだな、と体が震えます。

娘にカレシができたらこんな感じなのか

 「鉄道少女漫画」の「木曜日のサバラン」という話から派生したのが、「君曜日」です。
「木曜日のサバラン」で、ケーキ屋さんの奥の部屋に集まって黙々と鉄道模型を操作していた人々の中から、アコという中学生の女の子が主人公として登場します。

 

君曜日―鉄道少女漫画 2

君曜日―鉄道少女漫画 2

 


アコに一目惚れしたらしい小平からの猛アタックを、アコは気乗りせずにかわしていますが、一緒に秩父にSLを見に行った頃から、アコは小平と自分の距離感を意識し始めます。
私は、読みながらずっと「アコだめだ、小平に心を乗っ取られるな!」と、思い続けていました。
主人公と、主人公に惚れた男子が、互いの距離を縮めて恋の成就というゴールに結びつけるのが、少女マンガの安心感じゃないか、と言われてしまうかもしれません。
しかし、私はどうしても、作者の意図に抗ってでも、アコが小平を拒絶する展開を期待してしまいます。
すんなりとページを繰ることができません。
「鉄道少女漫画」は友達に電話でその良さを伝えたけれど、こちらは話したくないのです。
そして、私が拒絶すればするほど、アコは小平との距離を縮めていきます。
そこに突如として、私が思わず声を出して泣いてしまうほどの感動に襲われるシーンが出てきます。サバランの登場です。作者は、このシーンを最初から意図して、アコと小平を徐々に近づけているのでしょうか。
「君曜日」3巻の紹介によると、アコと小平の恋物語は続いていて、フィナーレを迎えるそうです。ということは、2巻ではアコは小平を拒絶してくれないのでしょう。
私は心の中で叫びました。
「最初は小田急線の話だったのに、なんで小平を好きになってるんだ!小平は西武新宿線の駅じゃないか!」
小平周辺に住む人々に申し訳ないので撤回します。

読者が共感を得る「場所」がある

 「君曜日」は、amazonのレビューを見ると、軒並み星5つか4つがつけられています。読者の共感を呼び、アコと小平の恋模様に誰かを重ねているのかもしれません。

王子を21時52分に発車した京浜東北線に乗って「君曜日」を読み始めた女性は、西日暮里で降りました。
もし、あの人が、西日暮里を乗り換え駅として利用していたら。
西日暮里で21時58分に京浜東北線を降りたあの人は、西日暮里を22時06分に発車する東京メトロ千代田線に乗ることができます。
その電車は、代々木上原から、多摩急行唐木田行きになります。乗り換えなしで、小田急線に入ります。
西日暮里は、京浜東北線と小田急線が、間接的に交差する駅として、絶妙な位置にあるんだなと思いました。
あの人の家は、小田急線の沿線なのだろうか。それとも、小田急線に乗りたくなったのではないだろうか。
ひょっとしたら、あの放送を聴きたくなったのではないか。

「ご乗車お疲れ様でした。新百合ヶ丘です。出口は…」

そこに人生における何らかの問題の出口が見つかったかもしれません。

「君曜日」を読んでから数日が経過して、私は駅前のハンバーガーショップに入りました。30代くらいの女性が通路の反対側に座って、マンガを読み始めました。

ちらっとタイトルが見えて、「ようこそ!スマイリーバーガーへ」と読めました。

内容はわかりませんが、おそらくハンバーガーショップを舞台にした話なのでしょう。

ハンバーガーショップでハンバーガーショップの話を読むと、確かに臨場感がありそうです。

 

「君曜日」も、これから初めてこのマンガに出会う人が、小田急線の車内で読み始めたら、その臨場感に、周囲にバレないように、こそこそと泣いてしまうのではいかと思いました。