せとさんスポーツ

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あんなに嫌いだった武豊騎手を心から応援するようになった理由

先日「好きな有名人は誰?」と訊かれて「武豊騎手」と答えました。

1年前に同じ質問を受けたら、わかる人にしかわからないマニアックな有名人の名前を挙げていたのですが。

日本の競馬界の「レジェンド」を、私は好きになってしまったのです。

私は今、双極性障害(躁うつ病)という病気のリハビリ中です。武豊さんが頑張っている姿をテレビで見ると、勇気を与えられます。

あんなに目の敵にしていた、武豊を。

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競馬界のレジェンド

競馬が好きな人もそうでない人も、とりあえず名前は知っている「たけゆたか」。

2017年暮れのグランプリ・有馬記念では、演歌歌手の北島三郎オーナーが所有するキタサンブラック号を1着に導いて、同馬の引退レースに花を添えました。

武豊騎手の「すごさ」について、改めて語る必要もないでしょう。

「競馬=ギャンブル=なんか胡散臭い」というイメージを、一気にひっくり返したのも、この人といっても過言ではありません。

1969年生まれですから、2018年の誕生日で、49歳です。

騎手デビューしたのが1987年。30年以上を経て現在があります。

1990年。社会的ブームにまでなったオグリキャップ号。その引退レースに騎乗して、不調が続いていた同馬を1着に導いた際には、超満員17万人の観衆から「オグリ」コールと「ユタカ」コールが巻き起こりました。

「若き天才」はこの時、20代前半ですね。

当然のように1990年代の競馬を引っ張ることになった武豊騎手。

大穴狙いは武豊を敬遠する

競馬といえば武豊。

いつの頃からか、私は武豊騎手を勝手に敵対視していました。馬券としての競馬の面です。

勝馬投票券。私は性格がひねくれているからか、倍率が低い人気馬の馬券を買うのは、プライドが許しません。

ちょっとマニアックすぎる例を出すと「武士沢騎手が15番人気の時に限って2着固定3連単総流し」みたいなことをするのが好きな人間です。

1番人気の武豊…はるか遠い本命馬です。

大穴狙いの馬券ばかり買っていると、当たった時の爆発力は凄いのですが、当たる数が極端に少ないので、へこみます。

お金の問題よりも、精神がズタボロになります。

ズタボロにならないように、ここ数年、競馬を見ていませんでした。

久しぶりにテレビで見たのが、2016年の有馬記念。

やはりキタサンブラック号が話題になっていましたが、レースで勝ったのは1番人気のサトノダイヤモンド号でした。

武豊が、負けた。

これが変化のきっかけでした。

外国人勢に圧倒されても

 現在、中央競馬会は、外国から来た騎手が、素晴らしい技術を駆使して、レースで勝ちまくっています。

馬券オヤジさんたちは「またデムーロかよ」「またルメールかよ」と悲痛の叫びをあげています。

あれ?

これ、いつかの「またユタカかよ」じゃね?

競馬中継を見ていると、人気馬には外国から来たジョッキーさんが多く騎乗していて、その他大勢の日本人騎手さんは、あまり人気のない馬に乗る光景を見かけるようになりました。

武豊騎手も、その一人?

武豊がモブキャラ?

いやいやいや、頑張れ武豊!

天才騎手に勇気をもらい

 人間は、人生を重ねるうちに、丸く収まりたくなるものなのでしょうか。

時代や社会に反骨心を抱いてトガッていた心が穏やかになって「きてしまって」いる自分に、びっくりしています。

しかし、これはもしかしたら、自分の意識改革なのかもしれません。

これまで、私は「虚弱体質で病気を抱えているから、どうせたいしたことはできないんだ」とひがんでいました。

うつ病と診断されてから、人生をあきらめたような生活をしていました。

双極性障害へと診断名が変わり、2016年の初頭に希死念慮(=「死にたい」という気持ちに囚われてしまう、うつ状態の症状のひとつ)に襲われ入院しました。

入院してじっくり静養したことで、私の人生は少しずつ前向きになりました。

退院後の闘病。リハビリ。

そんな時にテレビの競馬中継で「再会」したのが、武豊騎手でした。

武豊騎手は、どんなレースでも卓越した手綱さばきで馬の能力を引き出していました。メンバーの中でやや実力が劣る馬に騎乗していても、あきらめないで、最後まで馬を追っていました。

やべえ、武豊、かっこいい!

気がつけば「武豊さんがんばれ!」と思い続けていました。2017年は最後まで武豊騎手を応援していました。

武豊騎手は11月に調教中に落馬して、ケガをしてしまいました。「彼はもうダメなんじゃないか」と言う人もいました。

しかし、武豊騎手が頑張っている姿を見ていると、自分も前を向こう、先に進もうという気持ちになるのです。

ああ、どうした俺!

ついには、安い古着屋に行き、キタサンブラック号の勝負服に似たセーターまで買ってしまいました。茶色とオレンジのボーダー柄。

喜びもあれば悲しみも

 「レジェンド」武豊騎手を心から応援するようになった理由のもうひとつは、もう何年も馬券を買っていないこと。

競馬をギャンブルの対象としてではなく、スポーツとして捉えるようになったことが挙げられます。

人と馬が一体となってゴールをめざす芸術を美しく感じます。

人間だけでなく馬がレースに参加しているって、すごいことですよね。

1998年。武豊騎手は、スペシャルウィーク号で、悲願のダービー初制覇を遂げました。

ダービーは、その世代の中で1頭の馬しか栄冠を手にすることができない、競馬界の最高峰のレースです。

この日ばかりは武豊騎手も美酒に酔いしれたそうです。

その年の秋の天皇賞。

単勝1.2倍の武豊騎手とサイレンススズカ号は、快足を飛ばすレース途中で馬が骨折してしまい、すぐに予後不良(安楽死)処置がとられました。

この日ばかりは武豊騎手は悲しい酒に酔いつぶれたそうです。

喜びもあれば悲しみもある。いろんな葛藤を乗り越えて、1999年のダービーでアドマイヤベガを勝利に導き、武豊騎手は史上初のダービー2年連続制覇騎手となりました。

4000勝ってすごすぎる

外国人ジョッキーが猛威を振るう中で、武豊騎手は2017年、中央競馬だけで、キタサンブラック号のG1レース3勝を含めて、重賞を13勝しました。日本人ではトップです。

韓国のG1レースでも勝ちました。佐賀競馬でラインシュナイダー号を勝利に導いた際には、場内の実況放送で「やっぱりあなたはスーパースター!」と称えられていました。

誰も書かなかった 武豊 決断 (徳間文庫)

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現在、武豊騎手は中央競馬、地方競馬、海外競馬を合わせて4117勝。

中央競馬のみだと2万845回に騎乗して前人未踏の3942勝(2017年末現在)。2018年中に4000勝に到達するのではないかと期待されています。

コツコツ積み上げていこう

 こうして記事を作成して、1人でも多くの人と「レジェンド・武豊」の凄さを共有したくなってしまいました。

「自分も、あきらめないで、コツコツ積み上げていこう」

素直にそう思わせてくれる武豊騎手。

つい数年前まで馬券的に目の敵にしていてごめんなさい。

2018年の中央競馬は1月6日から始まり、12月まで、毎週末に開催されます。

キタサンブラック号が引退した今、武豊騎手が次に大きなレースで勝利に導くのはどの馬なのか。小さなレースでもコツコツと勝利を積み上げて、JRA通算4000勝を達成する日が来るのか。

がんばれ武豊。

そして、自分も闘病、頑張ろう。

私が好きな有名人は、武豊騎手です。