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【相棒12第5話「エントリーシート」】もし就職活動の最後で葛藤に負けてしまったら。

この記事では、就職活動をめぐる悲劇が描かれた名作【相棒12第5話「エントリーシート」】の感想などを記述しています。

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金井寛脚本が好きすぎて

【相棒】の魅力といえば、多彩な脚本家陣です。第1作を送り出した輿水泰弘さんがメインで、2018年1月に放送された300回記念スペシャルを担当したのも輿水さんでした。

現在、日本を代表するシナリオ作家である櫻井武晴さん、戸田山雅司さん、古沢良太さんなども【相棒】シリーズで幾多の名作を生み出しています。

豪華脚本陣の中で、私が好きなのは金井寛さん。【相棒16】では第4話「ケンちゃん」を書いています。

「ケンちゃん」や【相棒12第2話「殺人の定理」】では、難解な数式が事件解明のカギになる、超絶理系な作品を提示してきました。

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しかし、数式の難しさが目くらましになるような形で、人間がそれぞれ抱える葛藤をあぶり出し、見終わった後は超絶文系な作品なんじゃないかと思わせられる大逆転を見せてくれました。

勧善懲悪の素晴らしさ

 「【相棒】といえば裏切り」とプロデューサーが公言するドラマ。この場合の裏切りとは、水曜夜9時のテレ朝刑事ドラマ枠に視聴者が求める安心感の常識を打ち破ること。

悪い奴が出てきて、最後に刑事が捕まえて、勧善懲悪でスッキリ、という「パターン」を作らないこと。

終わり方が多様だから、1話完結のドラマでもエンディングテーマがありません。わかりやすさだけでは勝負しないという強気。

そんな中で、金井作品は「裏切りの【相棒】を裏切る勇気」にあふれています。

「裏切りの【相棒】」らしさを保ちつつ、一周まわって視聴者にわかりやすい勧善懲悪を提示してスッキリさせてくれるのです。

金井作品の真骨頂は、意外な真犯人、意外なトリックなどが判明した21時45分あたりを越えて、そこからさらにもう一山あるところ。ゲスト登場人物のヒューマンストーリーを重ねてきて、ドラマとしての濃厚さを高めます。「相棒すげえ!」と震えを感じる21時50分。

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学生にとって就職活動とは

北川奈月は21歳。城南大学の4年生です。就職活動の真っ最中。

奈月は、複数の企業に提出するエントリーシートに、それぞれで違った点をアピールしていました。

あるものは語学留学を。あるものは文化祭で実行委員をしたことを。さらには企業のインターンについてや、アルバイトのこと。

大学入学から3年間にしてきた経験が豊富に書かれています。

奈月は就活塾にも通っていました。就活塾の講師は「就活において身につけなければいけないスキルは3つだけ」と熱弁を振るっていました。その3つとはテスト、エントリーシート、そして面接。とくに面接であると。

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(就活塾の光景を外から見て微妙な表情になる右京さんとカイトくん。画像引用・テレビ朝日、東映)

この回を見ていると、就職活動を経験したことがない人でも、就職活動とはこういうものなのか、という流れがざっくり見えてきます。

ある学生は就職活動について、こう言い切ります。

「小さい頃から塾に通って、いい中学、いい高校に入るのは、いい大学に入るため。いい大学に入るのは、いい会社に入るため。つまり、就活は私たちにとってそれまでの人生の集大成なんです」と。

奈月もそんな1人。

奈月の元カレは、バイトをしながら好きな芝居を続けていました。2人はしだいにすれ違うようになり、奈月のほうから別れを切り出しました。

奈月の第一志望は四菱商事という大企業。

就活塾の講師からは、四菱商事の面接ではボランティアの話をするといいよと勧められました。その企業の社長はボランティアに積極的らしい。実際に以前、四菱商事には入れないレベルの学生が、ボランティアの話をして内定を勝ち取った例があるから、と。

奈月には、大学1年生の時に、海外ボランティアをした経験がありました。しかし奈月は、四菱商事の面接で、ボランティアの話はしませんでした。

いや、できませんでした。

面接が終わった直後に、彼女は転落死しました。

最後に葛藤が邪魔をした?

金井さんの作品には、人間の葛藤があふれています。人が他人と接する際に、必然に発生する摩擦や葛藤と、その移ろいを描いて、視聴者の心を揺さぶります。人は、自分と他人を比較してしまう生き物だから。

「ケンちゃん」では、摩擦や葛藤とは縁がない純真無垢なケンちゃんを中心に置いて、ケンちゃんの周囲にいる人間のおぞましい葛藤を浮かび上がらせました。

「エントリーシート」に出てくる人たちも、ほぼ例外なく葛藤にまみれています。

北川奈月も、葛藤を抱えていました。

留学や文化祭の実行委員など、それぞれの経験は就職に利用するためでした。しかし、海外ボランティアについては、純粋に、心から役に立ちたいという気持ちで取り組んでいました。

純粋な気持ちを失いたくないからこそ、大事な四菱商事の面接で、海外ボランティアの話をすることができませんでした。

この件について、右京さんは「根本的に間違っていた」と指摘します。

「就職がその人間を見極めるものであれば、純粋に行なったその行動こそ、堂々と話すべきだったんじゃありませんかねえ。その姿こそが彼女そのものなのですから」と。

金井さん、エグすぎです。

右京さんの「うーん…」

「エントリーシート」で金井さんは、右京さんに語らせる形で、就職活動の不思議を視聴者に問いかけてきます。

「そもそも就職活動というのは、企業側に自分の個性をアピールするのが目的のはずですね。それなのになぜ皆さん個性のない格好をしているのでしょう。もっと自由に表現していいと思うのですがねえ」

カイトくんは苦笑いしながら応じます。

「変に目立つ格好をしてマイナスになる可能性もあるわけだから、だったら無難にリクルートスーツって事になるんじゃないんすか?」

「うーん」

右京さんの「うーん」。

世の中には、そこに身を投じている人たちが気がつかないような、外野から見ると「不思議」なことがたくさんあります。

就職活動といえばリクルートスーツ、という「当たり前」。カイトくんいわく「暗黙の了解」です。

私は100円ショップに行くのが好きです。100均の特設コーナーは、10月はハロウィングッズ、11月に入るとクリスマスグッズ、年が明けるとバレンタインデーグッズ、と移行するのが定番です。

それが当たり前であるかのように。外野から見ていると、その変わり身の速さにびっくりします。でも、それが暗黙の了解。

「うーん」。

そういう事例を日頃から感じていると、北川奈月がなぜ第一志望の面接でいちばん大切なことを話さなかったのか、残念に思えてきます。

とはいえ、彼女のプライドも理解できます。

いい中学。いい高校。いい大学。いい企業。休むヒマもなく階段を上ってきた人たちにも、絶対に曲げたくない純粋な部分があって、その個性を大切にしたい。

個性を外側に出すか、内側で守るかの違いなのかもしれません。

そう考えると、服装で個性を出すことと、面接で個性を出すことにも、意味の違いを見つけることができます。

ネタバレしたくなくなる感動

当サイトでは過去に何本かの金井さん脚本回の感想を記事にしています。感想を書くときに共通するのは、殺人事件の真犯人は誰かを文章中で明らかにしたくないという気持ちです。

北川奈月は被害者サイドの人物です。

【相棒】各話の感想記事を書く時、私はたいてい犯人視点で「なぜ犯罪に手を染めなければならなかったのか」を考えます。

しかし金井さんの回では、犯人側ではなく、被害者側、または第三者の視点で振り返る傾向があるのです。

「感想」だから、ネタバレしちゃってもいいという「暗黙の了解」があるような気もするのだけれど、どうしても「まだ本編を見ていない人に、見てのお楽しみ」と秘密にしたくなります。

本編を見たこたがある人が読むと、しっかり犯人のヒントを含ませている書き方をしていることをわかっていただけるかもしれません。

それが金井脚本の楽しみ方なのかなあ、と思います。

【相棒】シリーズは常識破りの裏切りが許されている世界です。常識を破りすぎると視聴者からのしっぺ返しが待っています。

裏切りを裏切る金井脚本の抜群の安定感が【相棒】を守ってくれていることは間違いありません。

そもそも就職活動とは。

そもそも視聴者が期待する【相棒】とは。