この記事ではドラマ【相棒】史上最大の衝撃作「ボーダーライン」について記述しています。(なお、この記事はだいぶネタバレしちゃっているので注意してください。)
- 「彼は、社会に殺された」
- 空白の11か月
- すれすれの場所を生きて
- スーパーの試食
- 破られた婚姻届
- 100円ショップのトランクス
- 「犯罪で稼いでいい理由にはならない」
- ボーダーラインはどこにある?
- この物語がなぜ泣けるのか
「彼は、社会に殺された」
【相棒season9第8話「ボーダーライン」】。この回は、覚悟を決めてから視聴してください。
事件の真相を突き止めた右京さんは、ドラマのラスト近くで静かに言います。
「彼は、社会に殺された」
このセリフを聞いた時の衝撃が、忘れられません。
なぜ事件が起きてしまったのか。
その事件の犯人が「社会」だとしたら。
まずは、「ボーダーライン」のストーリーを簡単に紹介します。
空白の11か月
冒頭で、ビルの屋上から転落した柴田という男の遺体が発見されます。刃物で体を傷つけられたらしき痕跡があり、捜査一課は他殺の線が有力とみて、捜査を開始します。
一方、特命係の右京さんと神戸くんは、柴田の死に不審な点を見つけ、独自に捜査を始めます。
「寮付きの仕事が決まったから」とアパートを出たはずの柴田が、レンタルコンテナの中にこっそり寝泊まりしていたことが判明。
アパートを出てから死体が発見されるまでの「空白の11か月」に、柴田の身に何があったのか?
この回では、右京さんと神戸くんは、柴田がアパートを出てから死を遂げるまでの11か月間の真相を丹念につまびらかにする、あくまでもストーリーテラー役に徹していました。
柴田の空白期間に起きたさまざまな出来事の衝撃があまりにも深くて、彼の心境に吸い込まれてしまいます。
すれすれの場所を生きて
「ボーダーライン」とは「境界線」のことを指します。
「どちらとも決めにくい、すれすれの所(場所)」。
この回の「ボーダーライン」とは、柴田の「生と死のすれすれの分かれ目」でした。
表向きは明るく能天気に装われた現代日本社会。
その実際は、さまざまな立場の人がカツカツの生活を強いられていて、人に言えない秘密やストレスを抱え込んでいます。
みんな、自分がかわいい。
自分を少しでも「普通」に見せるために、どこかで何かをごまかして生きています。
とくに、弱者が、自分より権力の強いものに利用されてしまう社会構造。
スーパーの試食
先日、大きなスーパーマーケットで買い物をしている時に、餃子の試食コーナーを見つけて、1つもらって食べました。
さらに歩いていくと、今度はお菓子のコーナーで、新商品の試食をやっていました。こちらもおいしくいただきました。
ふと、「ボーダーライン」における柴田の行動が脳裏に浮かびました。
お金がなくなり、食べるために歩き回り、スーパーマーケットの試食をもらい続けていた彼の姿を。
破られた婚姻届
2010年の1月。正社員の職を得て、恋人と結婚の約束をしていた柴田。
突然、会社を解雇されて、別の会社で働くことになりました。
2月。新しく所属した会社を1か月で解雇されました。
3月。安定した収入を求める恋人と破局。
4月。生活保護の申請をするも。
彼は、生活保護の審査に通らなかったのではなく、審査の申請をさせてもらえなかった事実が判明します。
区役所の担当者が、柴田の生活保護申請を断念させた理由は、自分の忙しさです。
生活保護費を減らせ。公費が足りない。申請者は増える。これ以上、仕事が増えたら自分がパンクしてしまう。
この担当者が話すことも、わからなくはありません。人間、誰にも限界があります。
しかし右京さんは、断罪します。
「あなたの待遇改善と、生活困窮者の見極めは、まったく違うレベルの話です」と。
もし生活保護の申請だけでもできていたら、審査期間中に柴田の家族に連絡が行き、彼の窮状に気がついてもらえたかもしれません。
さかのぼって、会社を解雇された柴田は、兄にお金を無心しました。
兄は、自分と母親のぶんで手いっぱいだと説明すると、柴田は「もういいよ!」と去ってしまいました。
恋人は柴田が「正社員」であることにこだわりました。現状のままの収入では、2人ではとても暮らしていけないと。日雇いの仕事ではなく、正社員の仕事を見つけてきてと。
柴田は「どうせ金なんだろ」と逆ギレしてしまいました。
恋人はさらにキレて、バッグに忍ばせていた婚姻届をビリビリに引き裂きました。
のちに、特命係の2人に聴取された「元恋人」は、言い放ちます。
「私、何か悪いことしました?」
右京さんたちは、柴田がセロテープで貼って形を復元した婚姻届を元恋人に見せて、彼が亡くなったことを伝えます。
このくだり、まだストーリーの前半です。
100円ショップのトランクス
先日、100円ショップで買い物をしていて、男性の下着コーナーに行きました。
100円ショップには、インナーのシャツやトランクスからくつ下まで、100円で買える下着が、種類豊富に並んでいます。
ふと、柴田が区役所のロッカーを使用していたシーンを思い出しました。
彼は、生活でできるだけお金がかからないように、100円ショップの下着を何枚かストックしていました。
100円ショップのグッズは「節約術」として、人の暮らしの役に立ってくれます。
同時に、もうマジでお金がなくて困っている人にとっては、100円ショップは生きるための大切なライフラインです。
私はよく「どうせ100円プラス消費税で買ったものだから、自分に合わなかったり古くなった物は簡単に捨てられる」と気軽な気持ちで買い物をしています。
その100円に、あとで泣くかもしれません。
「犯罪で稼いでいい理由にはならない」
生きるために犯罪に手を染めてしまった柴田にも、問題があります。
柴田に同情する神戸くんに、右京さんは冷徹に言います。
「だからといって、犯罪で稼いでいい理由にはなりません。犯罪に手を染めてひらける道は、ないはずです」と。
右京さんは「人は自分が犯した罪を法で裁かれるべきである」という信念のもと、自分の正義を貫きます。
ただし、柴田の心情に対する理解は失っていません。
「絶望するなというほうが、ムリかもしれません」。
「ボーダーライン」が衝撃回として【相棒】史上で最も強く印象に残るのは、柴田の闇に堕ちていく姿が、あまりにもリアルに伝わってくるからです。2010年初頭には幸せに暮らしていた男性が、ネットカフェ難民となり、ネットカフェに泊まるお金もなくなり、11か月後には試食を求めて歩くようになるまで。
彼がどうしてこうなってしまったのか、周囲の人は彼とどう接していたのかが、丁寧に描かれています。
ボーダーラインはどこにある?
この作品で、主演の水谷豊さんと、脚本の櫻井武晴さんは「貧困ジャーナリズム大賞2011」を受賞しました。
選考理由の中には、以下の記述があります。
「丹念な取材を元に再構成した脚本がドキュメンタリー以上にリアリティを深めた。死んだ者を救えたボーダーラインはどこにあったのか?社会のありかたも含め、番組は視聴者に問いかける」
ドラマの最後で、右京さんは神戸くんに語る形で、「ボーダーラインはどこにあったのか」の答えを匂わせます。
「周囲の人間も、自分自身も、手を差し出す勇気があったら、このようなことにならなかったのではないか」と。
ここで大切なのは、「社会」には「自分」も含まれている、ということではないでしょうか。
周囲の人がどこかで柴田に手を差し伸べられていたのではないか。
反対側から見ると、柴田はどこかで、引き返せる場面を自分で手繰り寄せることができたのではないか、と。
しかし「自分が柴田だったら、手を差し出せないんじゃないかな」という想像が、この放送の「重すぎる」「胃が痛くなる」衝撃につながっているような気がします。
もしあなたが、再放送やDVDなどで「ボーダーライン」を見る覚悟を決めたなら、ラスト近くのパン屋さんの場面を見逃さないでください。
「おいしかったら、たまには買ってくださいね」
ゾワッと、背筋が凍ります。
櫻井さんの脚本、橋本一さんの監督、水谷豊さんと及川光博さん、ゲストの山本浩司さんの演技、その他すべてがばっちりハマって、あまりにも救いようがない世界観を作り出している「ボーダーライン」を「心身ができるだけ健康な時」に、ぜひ見てください!
この物語がなぜ泣けるのか
この物語が、なぜ視聴者の涙を誘ったのか。それは、…
柴田が懸命に生きようとした記録だからだよ!
カッコいいよ柴田!
死ぬなよ…
あきらめたら、そこで終わりだよ…
でも、あの状況で、あきらめずに生きていられるだろうか…
【相棒9第8話「ボーダーライン」】
杉下右京=水谷豊、神戸尊=及川光博
柴田=山本浩司
脚本=櫻井武晴、監督=橋本一