この記事ではドラマ「相棒season9」の名作「第7話・9時から10時まで」の感想などを記述しています。
売れなきゃ殺される?
午後9時。
銀座の高級バーで、イケメンの「美術商」は、顧客の中年男に景徳鎮という皿を売ろうと奮闘していました。
イケメンの男は、贋作(がんさく)であるそのお皿を、10時までにどうしても売らなければなりません。
しかも1000万円で。
もし商談に失敗したら、彼は暴力団絡みの組織に殺されてしまうかもしれません。
必死です。
必死ですが、伊藤と名乗るイケメン男は、中年男の坂本に、クールに丁寧に、目の前の景徳鎮の素晴らしさを説明します。
そのバーには偶然、映画を見た帰りにデートしていた神戸くんとたまきさんがいました。
これが「伊藤」の運の尽きだったのかもしれません。
リアルタイムの緊張感を
「9時から10時まで」は、2010年12月8日に放送された「相棒season9」の第7話で、このシリーズのコミカル路線回の名作です。
「相棒」は、水曜日の午後9時から9時54分まで放送されます。
12月8日の「9時から10時まで」。視聴者がドラマを見ているその時間に、ストーリーが進行していきます。
「相棒」が生放送されているような感覚です。
神戸くんがバーで怪しい商談を見かけた頃、右京さんは鑑識の米沢さんに呼ばれて、殺人事件の現場に到着しました。
男性の射殺遺体。事件が起きたのは午後8時20分ごろ。右京さんの「8時20分ということは、事件発生からさほど時間は経っていませんねえ」というセリフ。
視聴者は「確かに、まだ40分しか経っていないな」と、いつのまにか「相棒時間」に入り込んでいます。
殺人事件の被害者の口の中に、しわくちゃになった紙がありました。
納品書でした。発行したのは「東洋古美術」で、受け取り人は「株式会社 北野貿易」。
その内容は、景徳鎮…。
「景徳鎮」が、神戸くんがいるバーと右京さんがいる殺人現場を結びつけました。
時間を駆使した徳永脚本の妙
この回は、最初からしばらく、右京さんと神戸くんは電話で何度かやりとりする以外は別行動をとっています。
右京さんが神戸くんのいるバーに合流するのが9時40分ごろ。
そこまでは、神戸くんは何かが怪しい商談に参加しています。
右京さんは、米沢さんと即席相棒を組んで、殺人事件の謎を解明していきます。
伊丹さんは「刑事の勘」で北野貿易を張り込みし、北野貿易のオフィスでは、社長の北野が部下の社員を叱り飛ばしています。
組織犯罪対策課の角田課長は、北野貿易が暴力団絡みの組織であることを、特命係の部屋から右京さんに連絡します。
9時から10時まで、刻々と時間が進む中、事件に関わる人たちの人間模様が、鮮やかな場面転換により多元中継されていきます。
この回の脚本を担当した徳永富彦さんは「時間」を自由自在に扱う名作を何本も見せてくれています。
「相棒14」の「物理学者と猫」は、「あの時こうしていたらどうなっていたか、もっとさかのぼって、あの時こうしていたら…」と時間軸を巻き戻して、多様な結末を提示しました。
徳永さんは、同じテレ朝・水曜9時ドラマの「捜査一課9係」でも、時間を使ったスリル満点の作品をいくつも仕上げています。
神戸くんをバシバシ叩く阿藤快
この回のコミカル要素を高めているのが、骨董品を買おうかどうしようか、さんざん迷っている坂本という中年男です。演じたのは阿藤快さんです。
坂本は、怪しい商談の内実を探るために途中参加した神戸くんに、目の前の景徳鎮が本物かニセモノかを判別してほしいとお願いします。
神戸くんは古美術品のプロではないので、怪しいイケメン男が披露する知識にタジタジになります。
ついに坂本は買うか買わないかを判断するのですが、最終判断に至るまでの心の揺れ具合が豪快に演じられて、めちゃくちゃ面白いのです。
振り返ると、坂本は右京さんと会っていません。水谷豊vs阿藤快が画面内に一緒に収まることはありませんでした。
騙された?守られた?
なんとか10時前に商談を終えた「伊藤」ですが、事情が変わったことに気がつきました。
自分と組んでいた詐欺師の相棒が、逃げやがった…
バーで合流した右京さんと神戸くんに追い詰められた「伊藤」は、自分が知っていることをすべて話します。
右京さんから、逃げたと思っていた相棒が殺されたと聞かされて、呆然とします。
元はと言えば、暴力団絡みの組織に贋作を売り飛ばしてしまった相棒の自業自得じゃないか。
自分は相棒の穴埋めをするために、詐欺をするように、悪い奴らに脅されていたのに。
このくだりで「伊藤」に同情してしまいそうになります。
暴力団絡みのめちゃくちゃ悪い奴らがいるため、「伊藤」たちの詐欺行為が、ちっぽけな事として許せそうな気がしてしまうのです。
しかし、詐欺は犯罪です…
ところが。
遺留品のチョコレート
「伊藤」の相棒が、伊藤の命を救うために、自分の命を悪い奴らに差し出した真相をが明かされると、やっぱりこの詐欺師に、感情移入してしまいます。
詐欺師の相棒が、決死の覚悟で「チョコレート」を使ったくだりは、ホロリと泣かされます。
前半で右京さんが殺害現場に落ちていたチョコレートの包み紙に興味を示したのは、ここにつながっていたのか!「相棒」すげえ!
と、ゾワッとします。
「伊藤」という偽名を使っていた横田は、詐欺師として3度目の逮捕となりました。
うなだれる横田に、右京さんと神戸くんはやさしく語りかけます。
「これで3度目の逮捕ですか。今度はちょっと長くなりますよ」
「ちゃんと罪を償ってさ、もう足、洗いなよ」
涙ぐむ横田。
「相棒」は、純粋な気持ちで悪いことをしてしまった若者に、罪を償えばやり直せる道があることを教えてくれます。
相棒が離れているから出る個性
右京さんの2代目相棒を神戸くんが務めたのは、シーズン7の最終話からシーズン10の最終話までです。
初代相棒の亀山薫の印象が強すぎる中で、神戸くんが「相棒」に新しい風を吹きこみました。
その成功の要因の一つは、右京さんと神戸くんを別行動させる回の多さです。
「相棒10」のお正月スペシャル「ピエロ」では、神戸くんは子供たちと一緒に誘拐されてしまいます。
子供たちを守り抜く神戸くん。
冴え渡る推理で神戸くんたちを救う右京さん。
それぞれの個性が発揮されました。
右京さんと神戸くんを引き離すことによって相棒としての絆が深まっていく流れに、亀山薫時代とは全く違う「相棒」の面白さが引き出されました。
「9時から10時まで」も、相棒が別の場所にいるからこそ、相棒の絆の強さを感じる作品でした。
気がつけば9時54分
横田、殺されなくて良かったね!
気がつけば9時54分。
いやあ、面白かった。
坂本みたいに「騙される人」には、なりたくありませんね。
「相棒」シリーズの「楽しい回」を見たい人におすすめの名作が「9時から10時まで」です。