大学時代のゼミ仲間。その強いキズナは、ひとつの嘘からほころび始めてしまいました。
この記事では捜査一課の芹沢刑事が深く関わるエピソードとなった【相棒season4第3話「黒衣の花嫁」】の感想などを記述しています。
開始30分の容疑者は
まずは、テレビ朝日公式による「黒衣の花嫁」のあらすじを振り返ります。
どんな話?
教会。華やかなウェディングドレスを身にまとう津島瑞希(遠野凪子)。だが、対照的なほどにその表情は暗い。新郎・海老原元章(中原裕也)が現れないのだ。周囲にも不安な空気が漂い始めたころ、思いもよらない訃報が届く。2人が幸せをはぐくむはずだった新居で、海老原が他殺体で発見されたと…。
家の中は荒らされ財布が見当たらないことから、海老原は前夜、帰宅したところを強盗に襲われたと推定された。その現場に、非番のはずの捜査一課・芹沢慶二(山中たかシ)が、顔色を変え飛び込んでくる。殺された海老原は、芹沢の大学時代のゼミ仲間だった。前夜は、ゼミの仲間が集まり、海老原の“独身さよならパーティー”を開いていたという。(引用=テレビ朝日)
(画像引用・テレビ朝日、東映)
タイトルを見てあらすじを読むと、この回は花嫁になれなかった瑞希が怪しい物語なのかな、と想像が湧きます。ところがこれは前半部分のミスリード。
1時間ものの刑事ドラマには「開始30分で取調室に入る容疑者は真犯人ではない」というお約束があります。21時から始まったストーリーの中盤で、伊丹刑事たちから任意同行を求められた瑞希。これは犯人じゃない!じゃあ、真犯人は誰なのか?
砂本量作品は意外性
この回は「海老原を殺した犯人は誰なのか?」「それはなぜなのか?」「どうやってアリバイトリックを作ったのか?」などの謎を、右京さんと亀山くんが丹念な捜査によって暴いていきます。
脚本を担当したのは砂本量さん。2005年10月26日にこの回が放送された作品です。砂本さんはその年の末に逝去しました。【相棒】シリーズ初期の中心作家として活躍した砂本さんの得意技は「意外性」。
オフィスのフロアにいる全員が集団催眠にかかる「1-9人間消失」や、共依存症の女性を描いた「2-5蜘蛛女の恋」、ハードボイルド作家がラジオ番組で「誰かに命を狙われてみたい」と言い出し大騒動になる「2-6殺してくれとアイツは言った」。記憶にねばりつく作品ばかりです。
「黒衣の花嫁」も意外性に満ちた作品です。
ここからネタバレ注意
この回の主人公の一人は捜査一課の芹沢刑事です。
8年前。大学4年ののゼミ合宿最後の夜。芹沢さんは、合宿中に熱を出して寝込んでいました。
芹沢さん以外のメンバーは遊びに出かけます。河原で騒いでいたら、男性が来てトラブルになりました。「ゴミを片付けろ」と口出しされて、さらに「親のすねかじりどもが」と罵倒する男性にキレた海老原が軽く小突くと、男性は足を取られて倒れ、石に頭をぶつけて意識を失くしてしまいました。
どうやら死んだようだ。海老原はみんなに手伝わせて証拠隠滅を企てます。荷物と一緒に川に放り込んで。後日、川下で死体が揚がりました。仲間は「このことは絶対に秘密にする」と約束しました。
寝込んでいた芹沢さんは、知る由もなし。
それから8年。海老原は、ある仲間に決意を語ります。
「あのことを秘密にしたまま結婚はできない。式の前の晩に、瑞希にすべてを打ち明けようと思う」
仲間はあわてふためきました。今、過去のことをほじくり返されたら、自分はおしまいだ。海老原の口を封じるしかない。自分に容疑がかからない方法で。
傷心の芹沢さん
自分の知らないところで、信用していた仲間たちが愚かな行為をして、それを自分だけが知らなかった。
あの日、自分が熱を出して寝込んでいなかったら。
芹沢刑事は事実を知って、計り知れないショックを感じたことでしょう。
弱気になった芹沢さんは、真相がすべて明らかになってから右京さんたちに心境を吐き出しました。
「俺もあっち側にいたかもしれない」と。右京さんは「しかしあなたはこちら側にいます」と芹沢さんを労います。
「こちら側」と「あちら側」について、右京さんは「6-12狙われた女」でこう表現しました。「確かに紙一重かもしれません。しかし、その紙一重を踏み越える人間と越えない人間は、まったく違うんですよ!」
こちら側とあちら側の差は紙一枚ぶんしかないこと。あちら側の人間にならないように踏みとどまることができる人間であること。
芹沢さんは、自分がこちら側にいる人間であることを確認できてホッとした様子でした。同時に、一度まみれた葛藤は簡単に拭い去ることができないという無力感に襲われたのではないでしょうか。
自分以外のメンバーが、揃いも揃ってあちら側の人間だったのですから。
誰も信じられない。そんな傷を抱えてしまった時の良薬は、信じられる人の存在です。
幸い、芹沢さんには右京さんや亀山くん、三浦刑事や伊丹さんなど、気のおけない素敵な先輩がたくさんいます。
浅くはない傷を背負って、人は今と未来を生きていきます。
嘘を隠すための嘘
あちら側の人間に打撃を与えたのは、彼らが河原で突き飛ばした男性が生存していた事実です。
あの時、救急車を呼んでいれば。あの時、仲間うちで事実を隠す約束などしていなければ。
嘘は人を臆病にします。ひとつの嘘を隠すために嘘を重ねて、泥沼にハマります。隠し通せれば良い、という話ではありません。
もし芹沢さんが仲間の嘘を知らないままだったら、確かに芹沢さんはショックを受けることはないかもしれません。しかし。
「絶対に秘密にする」と約束しても、誰かが口を割ってしまうのではないかという恐怖におびえます。
この作品は、人間関係のもろさを追求した作品です。自分だけが良ければ、それで良いのか。
最後のシーンで、新郎を亡くした悲劇のヒロインが、教会にひとりたたずんでいました。
その内心を、ゆっくり想像してみます。
【相棒season4第3話「黒衣の花嫁」】
出演=水谷豊、寺脇康文、遠野凪子ほか
脚本=砂本量 監督=長谷部安春