テレ朝系水曜午後9時といえば伝統の刑事ドラマ枠。今回の【相棒】は捜査一課と捜査二課の刑事たちの対立を軸に殺人事件の真犯人をあぶりだす、刑事ドラマのお手本。しかしそれだけでは終わらない!
この記事では【相棒16第17話「騙し討ち(だましうち)」】の感想などを述べています。
捜査二課の権威を守れ
主役は警視庁捜査二課の梶刑事。
捜査二課は経済事件を担当しています。右京さんが特命係に左遷される以前に所属していた部署です。
梶刑事いわく「汚職事件は巧妙化されていて検挙がむずかしく、このままでは二課は振り込め詐欺専門になってしまう」。
二課を守りたい。梶刑事は焦っていました。自分の手で事件のホシを挙げることで、二課のメンツを回復しようと躍起になります。
梶刑事たちは、ある大きな贈収賄疑惑を内偵していました。その関係者が何者かによって殺害される事件が起きました。
水曜午後9時の刑事ドラマ
今回の脚本は金井寛さん。現在の【相棒】シリーズの中軸を担う、私が大好きな作家さんです。
【相棒】の魅力は、これまでの水曜午後9時の伝統である刑事ドラマとは一線を画す「裏切り」にあります。
刑事ドラマではあるものの、紋切り型の勧善懲悪回、救いようもなく終わる回、コメディに徹する回など、内容がバラエティ豊富。ゆえにエンディング曲が固定されていません。
いろんな形で「裏切り」を得意とする作家さんがひしめく【相棒】シリーズで「裏切らない」という「裏切り」に徹しているのが金井さんの作品です。「これぞ水曜午後9時の刑事ドラマだ!」と思わせてくれるのです。
金井さんの作品にはざっくり分けて「壮大なトリック回」と「意外な犯人回」の2つがあって、今回の「騙し討ち」は「意外な犯人回」に当てはまる作品でした。
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フィクションの警察世界ゆえ
今回は、殺人事件と贈収賄事件の犯人を追う過程で捜査一課と捜査二課が対立します。
見ていて「そういえば…」と思ったのは、一年中ほぼ毎週にわたって刑事ドラマを視聴している自分だけれど、本物の警察組織の実態なんて何も知らないということ。フィクションのドラマの世界が、リアルな警察像として定着しています。
本庁と所轄とか、派閥争いとか、ドラマでよく題材にされる葛藤が、リアルの世界でどこまで存在しているのか、あるいは存在していないのか。
【相棒】のそもそもの第1話では、殺人事件の真犯人は捜査一課の刑事でした。理由は、昇進のためにしていた拳銃摘発の八百長がバレて脅迫されたから。脅迫したのは駐在所の変態おまわりさん。おまけに亀山薫は指名手配犯に人質にされた挙句に殺人事件の容疑者になるという失態。これが本物の警察ならいろいろ大変な騒ぎに発展するところですが、フィクションの世界ならほぼ何でもあり。ゆえに「警察内部ってどうなってるんだろう?」という興味が湧いてきます。
捜査一課と二課という部署の対立も、実際にあるのでしょうか。あるとしたら、そこに刑事たちのどんな思惑が絡んでいるのでしょうか。その一部が「騙し討ち」から垣間見えてきました。
民間人を利用して
梶刑事は、詐欺師の中本にヤクザの役を任せました。中本は瀧川というピッキングのプロを脅迫しました。追い詰められた瀧川を梶刑事が救ったという設定を作り、瀧川から信頼される存在になります。捜査の協力者として、瀧川を利用します。
瀧川は葛藤していたはずです。梶刑事は自分を助けてくれた恩人です。前科者の自分を信頼してくれています。しかしその信頼は、梶刑事に頼まれて他人の家に盗聴器を仕掛けてこそ成り立つもの。それでも。いや、それでも。
梶刑事だって、執念の裏には葛藤があったはず。捜査二課を守りたい。そのためには何をやっても構わない。少々強引なやり方であっても、悪い奴を検挙すれば問題ない。突っ走れ。自分を振り返るな。
真実を明らかにした右京さんは、捜査二課の後輩である梶刑事に言いました。
「法の正義を守るために警察官がいる。組織の正義を守るためではない」
右京さんは瀧川に言いました。
「やり直しましょう」
9時30分ジャストの取調室
金井脚本には刑事ドラマのお約束である「午後9時半の容疑者」が登場します。まだ時間の余裕がたっぷりある9時半に取調室に連行される容疑者は真犯人ではない、という刑事ドラマあるあるです。
今回は権野元監督のワザなのか、ジャスト9時30分に、伊丹刑事たちがダミー容疑者を取調室に引っ張ってきました。
その後、9時37分に殺人事件の真犯人が明らかになります。「あー、この人、前半にちょろっと出てたな!」的な。刑事ドラマあるあるです。
刑事ドラマの基本に忠実で、そこにヒューマンドラマを重ねてくるのが金井作品の妙。
このブログでは過去に何度も金井脚本回の感想を述べています。書いている時にいつも「感想の中では殺人犯が誰かは伏せておこう」という気持ちが湧いてきます。
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感想だし、読んでくれる人はだいたいその回を見ているか、ネタバレしていても気にしない人が多いのですが、なんでだか「真犯人は本編を見てのお楽しみ」みたいな、共犯感覚が生じるのです。
誰が誰をなぜ騙す?
先日、近所の派出所のおまわりさんから、振り込め詐欺の注意喚起のチラシをもらいました。
警察官って、事件を解決するためだけじゃなくて、予防するためにも頑張っているんだなあ、とちょっと尊敬しました。
梶刑事は「捜査二課はこのままでは振り込め詐欺専門になってしまう」と言っていましたが、ひょっとしたら、それは時代の流れなのかもしれません。
政治家や官僚が絡んだ大きな贈収賄事件もあれば、振り込め詐欺もある。現代社会は常に変化しています。
「騙し討ち」では、2020年のデジタル教科書をめぐる談合が事件の発端でした。
明るい未来の裏には、うまい話をもちかけて犯罪で大金を儲けようという、気持ちが悪い話がウヨウヨしています。人はお金にドロドロしています。
「騙し討ち」。
誰が騙して、誰が騙されているのか。それはなぜか。
刑事たちの対立というありふれたストーリーの中で描かれた本当の「騙し討ち」とは何だったのか。
胸に手を当てて想像してみます。
自分は騙されていないだろうか。
いや、自分は誰かを騙し討ちしていないだろうか。
《次回は↓》