この記事では鈴木大輔さんの小説【文句の付けようがないラブコメ】の感想を、読書感想文の定型である「結→起→承→転→結」を意識して述べています。
結1=この小説から得たこと
もし神様が「恋愛」についてわからないことがあるとすれば、人が「他人の心」と「未来」の2つをわかることができない点に、納得できるのです。
起=この小説について
【文句の付けようがないラブコメ】は、2014年に集英社からダッシュエックス文庫レーベルで発行された、ライトノベルです。
著者は鈴木大輔さん。第16回ファンタジア長編小説大賞にて佳作を受賞し、代表作に「ご愁傷さま二ノ宮くん」「お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ」などがあります。
著者は「あとがき」で「『最高のラブコメとは何か?』をコンセプトとして徹底的に掘り下げた」と述べています。
帯文にはツイッターでの反響が4つ。
「まさかの展開すぎて鳥肌やばい」「衝撃のラスト、まさかそうくるとは…」「どんでん返しからの疾走感。鳥肌がたちましたね」「感情のジェットコースターというよりかはフリーフォール」と文言が並びます。
ただし、実際に読んでみると、帯文の大げさな煽りとは対照的に、著者は丹念にコツコツとラブコメの王道展開を築いています。どんでん返しやジェットコースターというよりも、まだ登ったことのない山をゆっくり歩いて登って降りてくる感覚です。
では【文句の付けようがないラブコメ】とは、どんな物語なのでしょうか。
承=物語のあらすじ
高校2年生の桐島ユウキは、生贄として「わたしが神だ」と名乗る少女・神鳴沢セカイに捧げられます。
千年にもわたって世界を救っているという人外の存在に「生贄になる代わりに何でも言うことを聞いてやろう」と言われたユウキは「神鳴沢セカイさん、俺と結婚してください」と申し出ます。
妹から「女の子の夢はステキな王子様からプロポーズされること」と吹き込まれていたとしても、あまりにも唐突すぎる展開に、言い出した本人が戸惑いつつも、少年と少女は夫婦として穏やかな日々を過ごし始めました。
しかし、セカイが「神」として、この世を守るために一人で引き受ける仕事の残酷さを目の当たりにして、ユウキは「妻」を守るために、セカイに「神」をやめさせ逃亡を企てます。
転=印象に残った部分
神鳴沢セカイは「神」ですが、その存在は「神様」に作られたものでした。自分の作った世界に飽きてしまった神様が、自分の代わりに神の仕事をする者としての「神」を作り上げたのです。
セカイは「神様代行」とでも呼べばいいのでしょうか。
彼女に託された仕事は、世界を救うことでした。
この世には良いものも悪いものもたくさんあり、そのバランスを調整しなければならず、実際にやっていることは「掃きだめのゴミ処理係」。マイナスを綺麗にして、害のない当たり障りのないものに変える「誰かがやらなければいけない」仕事を引き受けることで、この世界はかろうじてプラスに保たれている…
神様は、自分が作り上げた「神」に、掃きだめのゴミ処理係を押し付けているわけです。
事実を知ったセカイの「旦那」が、彼女を救うために「神」をやめさせようとするのは必然です。ユウキの決意や行動は、神様には想定の範囲内のことだったでしょう。
しかし、本当に「神」になる予定だったのが「彼」だったとしたら。「少女」は愛する者を救うために「自分を身代わりにしてください」と願い出ていました。自分が「神」になると。
神様には少女の提案は予想外でした。
「わからない」ことが、神様にもありました。
「これだから人間は面白い」と思った神様は、彼と彼女にゲームをしかけます。
神様は2人に魂の永遠を授けました。何千年も何万年も、出会い続けては同じ運命を繰り返すであろう2人。もし彼らに真の意志があるなら、神の因果を曲げてみせろ。
それは単純に自分が楽しむためのゲームであるのと同時に、じつは、もうひとつの意味があったのではないでしょうか。
わからないことをわかりたいと願う気持ちです。
もし、もしですよ。このゲームの果てに、神様が恋愛の本質をすべて理解してしまったら。
結=まとめ
人間には、2つの「わからないこと」があります。
「自分以外の人の内面」と「未来」です。
この物語において、おおむね全知全能な神様ですが、2人の若者の愛の力について「わからない」と思いました。
愛するもののために自分を捧げる人の、その心境を形成するものは何なのか。自分が作った存在であるはずの人間のことだけれど、一人ひとりの内面は違っていて、そこには「わからない」ことが存在しているのです。
神様にもわからないのだから、神様に作られた存在である人間が、他人の内面についてわかることができないのは、当然のことなのかもしれません。
また、神様は「神」に掃きだめのゴミ処理を命じています。任務は「処理」です。「過去」に起きたことを処理します。
「未来」がわかっていれば、この世にマイナスに働きそうなことは事前につぶしてしまえばよいのですが、それができないのは、神様にも、未来のことがわからないからではないでしょうか。
神様にもわからないのだから、神様に作られた存在である人間が、未来についてわかることができないのは、当然のことなのかもしれません。
人は、わからないことほど知りたいと欲します。
他人の気持ちと未来。
知りたいけれど、知ってしまったら面白くなくなってしまいそうな2つの謎を、でもやっぱり知ることができたらすごいと思うし、そうでもないような気もする…
そんな人間を見て高笑いする神様の姿を想像しています。
おわりに
神様は本当にいるのか、とか、神様って自分の心の中にいるもんだよね、などと話し合うことがあります。
結局は、私たちは神様とはどんなものか、見たことがありません。
ただし…。
「お前が望んでくれるなら俺は何だってやる。何だってできる。俺は絶対にお前の味方だ。どこまでもお前のために尽くす。だからもう我慢しなくていいんだ…というかひとりで我慢しないでくれ。頼むから」
桐島ユウキがぶつけた本気は、神鳴沢セカイの心を動かしました。
「神様」に任命された神鳴沢セカイという「神」には、目の前の夫が「本当に本当の神様」に見えたのではないでしょうか。