この記事では堂場瞬一さんの小説【20 ニジュウ】を読んだ感想を、読書感想文の定型である「結→起→承→転→結」を意識してまとめています。
結1=まとめ
どうしようもなく自分の内側に湧き上がってくる怒りやイライラは、決してマイナスなだけの感情ではなく、人生を見直すよいきっかけともなることに気がつきました。
起=この小説について
【20 ニジュウ】は、2013年に株式会社実業之日本社から「堂場瞬一スポーツコレクション」シリーズの一冊として発行された、堂場瞬一さんによる野球小説です。
堂場瞬一さんは2000年に【8年】で小説すばる新人賞を受賞して以来、警察小説とスポーツ小説を両軸に、多数の作品を執筆しています。
【20】の舞台となるのはプロ野球です。
私はプロ野球観戦も読書も大好きなのですが、野球を題材にした小説を読むのが苦手です。書店で興味を持って買ってみた本を、読み始めるまでに時間がかかります。途中で挫折することも少なくありません。
【20】についても、買っても読むのかどうか、自分に半信半疑でした。しかし、最後まで一気に読むことができました。
「なぜ野球をやっているのか」「なぜ野球を観戦するのか」という、野球が好きであることの基本と向き合う登場人物たちの感情の動きが繊細に描写されていて、臨場感たっぷりなのです。
承=物語のあらすじなど
【20】の主人公は、東京スターズという架空のプロ野球チームの新人投手です。
6チーム中5位が確定したチームのシーズン最終戦。先発投手は、高校を卒業してプロ1年目の有原秀。19歳です。
有原は20日前に1軍に登録されたばかりで、これまでの登板はいずれも中継ぎでの起用でした。
最終戦で与えられたチャンス。有原は8回まで相手をノーヒットノーランに抑えています。
1対0でリードした9回表。彼は無失点で切り抜け、偉業を達成することができるのか。
9回表に有原が投じた全20球が、両チームの選手や監督、関係者など、1球ごとに語り手を替えて描かれます。
物語を読んでいくと、投じられる1球ごとに、プレーする人や観戦する人にとって大切な意味が含められていることに気がつきます。ある登場人物は「こういう試合の背後には多くの人生がある」と振り返ります。
私には、選手や監督の章よりも、スタンドで観戦している現オーナーと次のオーナーや、球場から歩いてすぐの場所にあるラーメン屋の店主の物語のほうが感情移入できました。
自分が野球をプレーしたことがほぼなく、観戦専門で野球に接しているからでしょうか。
転=印象に残ったところ
ラーメン屋の店主・晴山は、ずっと東京スターズのファンを続けています。
東京スターズはかつて「名門」と言われた、常勝チームでした。
「プロ野球はスターズのためにある。スターズがいかに勝ち、栄光を保ち続けるかだけが問題なのだ。だいたい弱いチームのファンは、スポーツにおいて一番難しいことが何か、分かっていない…勝ち続けることだ」
「金に物を言わせたトレードやFA選手の獲得は、他チームからはずいぶん恨まれたものだが、それは恨む方がおかしい」
「アンチスターズファンは、それが分かっていないから…あるいは分かっていても文句を言う。いわく、『金をかければいい選手が取れるのは当たり前だ』『傲慢すぎる』。金を注ぎこむにも大変な努力が必要なのに、アンチの連中はそれを汚いやり口だと蔑む」
スターズってやっぱり、実際のプロ野球だとジャイアンツにあたるのでしょうか。
私はアンチ巨人です。記憶の最初から、ずっとジャイアンツが嫌いです。
家でとっていた新聞が、ジャイアンツのオーナー球団のもので、野球面を開くと、いつもジャイアンツの記事がでかでかと掲載されていました。
なんで、新聞なのにひとつのチームをひいきしてばかりいるのだろう。不公平じゃないか。
以来ずっと、プロ野球界で話題の中心に居座るジャイアンツを目の敵にしてきました。
ジャイアンツファンの人と会話をするのが苦手です。晴山のような考え方の人ばかりではないと分かってはいるのですが、敬遠してしまいます。
弱者の気持ちに寄り添えないチームをなぜ応援できるのだろう、と。
ただし、ジャイアンツのような、物語の柱になるような球団が無いと、プロ野球観戦の興味が半減するのも事実です。
どこか特定のチームを応援するというよりも、ジャイアンツの相手チームを応援しながらシーズンを見守ります。
小説の中で著者はスターズを、ネット系の広告会社に身売りさせてしまいました。スターズファンの心をズタズタにします。
晴山のラーメン屋は、以前はスターズファンが集まり、時には主力選手が利用してくれるほどの盛況でした。
その頃は料理を作るのも楽しくて仕方がなかったのですが、今はすべてが面倒で、惰性でお店を続けています。
「熱は冷める」ものなのだな、と。
しかし、ラジオで有原のノーヒットノーランへの挑戦を聴いているうちに、このまま店を放り出してスタジアムに駆けつけようかと思うほど、試合の行方が気になります。
「有原はあんなに苦労して投げている。選手が頑張っているのに、たまたまチームが弱い時期だからといって、応援に手を抜いたらファン失格ではないか。どこか白けた気持ちでいた自分を恥じる。一生懸命応援していれば、いつかまたチームは強くなって、店も賑わうようになるかもしれない」
有原、がんばれ。
東京スタジアムのマウンドにいる19歳の新人投手は、近所のラーメン屋のオヤジの心を動かしました。
晴山だけでなく、この試合になんらかの意味で「参加」している人たちが、有原の熱投に魂を吸い込まれていきます。
有原は、無安打には抑えているけれど、フォアボールを連発してランナーをためています。そんな姿にイライラしながらも、彼に自己を投影していくのです。
結2=考えたこと
最近、ちょっとしたことでイライラしたり、怒りの感情を抑えられなくなったりします。
自然に湧き上がってきてしまうマイナスな感情に迷い、そんな時に【20】を読み始めたら、登場人物が絶えずイライラしていました。
有原が所属していた高校野球部のマネージャーで、今は東京スタジアムでビールの売り子をしている浅川美菜は、有原の弱気な投球を見てイライラします。
「もっと頑張れよ、とふいに怒りのような感情がこみ上げた」
「何だか泣けてくる。こんなところで泣くなんて意味が分からないけど、おろおろしている有原を見ていると、情けないやら悲しいやらで…」
「他の同期、残り十五人は、軟式の草野球で遊んでいるか、完全に野球をやめちゃったんだよ。やりたくても続けられなかった、って人ばかり」
「勝ってよ。イーグルスをノーヒットで抑えてよ。そうじゃないと、十八歳で夢を諦めた仲間たちに申し訳ないと思わない?」
空になったビールケースを背負ったまま、美菜は「有原! 根性見せろ!」と思わず叫んでしまいました。
イライラさせられながらも、夢を託せずにはいられないのです。
人は、人生の途中で、思い通りにいかないことにぶつかると、自分を責めたり、あるいは他人に責任を押しつけたりします。
イライラ。怒り。やるせなさ。
気がつけば握りしめている拳。拳にこめられた力を、何かに八つ当たりせずにほどくのは、なかなか難しい作業です。
イライラや怒りを感じた自分にさらにイライラしてしまうこともあります。
どうしたら拳をほどくことができるのか。
タバコを吸ったりコーヒーを飲んだり。好きな音楽を聴いたり。
何らかの対処をして、他人に迷惑が及ばないようにします。ぎりぎりのところで、負の感情を抑えこみます。
今の私は、どうやら負の感情をうまく処理できないようです。
いちど芽生えたイライラや怒りは、なかなか消えてくれず、それが自分のダメなところなのではないかと思い始めて、不安になります。
この気持ちを外に出して他人に迷惑をかけないようにと、我慢するのが精一杯です。
みんなも、我慢しているのかな。
他人の気持ちはわからないけれど。
小説の中の人々は、さまざまなイライラを抱えていたからね。
イライラしない人生なんて、きっと無いのだろうな。
さあ、自分はどうしたらよいのだろうか。
まずは、軽率な行動をしないで、自分の内面とじっくり向き合ってみることにします。自分を見つめ直す、絶好の機会なのだと信じて。
自分を鼓舞してくれる「有原秀」が、どこかにきっといるはずたから。
おわりに
この小説は、9回表の20球をめぐる物語です。プロ野球の試合で、20球というと、10分ほどでしょうか。300ページを超える本編を10分で読むのは至難です。
そこで、臨場感感を出すために、ラジオでプロ野球中継を聴きながら、物語に没頭してみました。
巨人と阪神の試合でした。
8対3で巨人がリードしていました。
あーあ、とイライラしながら、小説を読み続けました。
8回表、阪神が一挙に6点を取って、9対8と逆転して、そのまま勝利しました。
信じていれば、実現することもあるんだ。
そして自分は、スターズの有原秀がノーヒットノーランを実現しないほうに夢を託していたことに、気がつきました。
ラジオ中継を聴き終えても、小説を読み終えても、ジトっとしたイライラは、消えてくれません。
私が巨人の「次の負け」を求めてしまう理由がひとつ、見つかりました。