こちらの記事は、2026年2月24日(火)にゆいパンクさん出演した『横浜1000CLUB』のイベント『KEMONOFES in yokohama』および『僕ライ生誕主催ライヴ びてん1000パーセント』の感想記事です。

感想記事は「ですます調」で記述します。
連休明けの平日昼間に開催されたケモフェス…各グループの熱心なファンが集合!
いつもお世話になっている、赤いTシャツでおなじみの『けもの』さんが主催するライブイベント『KEMONOFES』と、アイドルグループ『僕と契約してライヴ信者になってよ。』(僕ライ)のメンバー『のあパンク』さんの生誕ライブが、横浜1000CLUBで同日開催されました。

カレンダーは前日まで三連休。その翌日の真昼間にケモフェスを開催してしまうけものさんの逆張り的な着眼点には尊敬しかありません。
一般的には連休明けの「平日の昼間」なので、フロアに集まったのは、出演各グループのコアなファン層の方が中心。仙台からの遠征組の姿も見られました。、
私(せしる)は『ゆいパンク』さんのソロ活動『CANDY MONSTER』(キャンモン)をどうしても見たくて、センクラに参戦しました。
ゆいさんが所属する『僕ライ』の公式ライバルグループ『僕と契約して狂依存してよ…』(僕依存)が昨年12月にデビューしてから、同じメンバー5人で構成されている僕ライと僕依存のライブ回数が増えて、キャンモンのライブは減ってきています。
本人はソロ活動のキャンモンに強いこだわりを持っていて、前身グループの「エモナナ」が2024年11月に解散した際に「キャンモンだけでもやり続ける」と運営さんに直訴しました。
ゆいさんの想いが運営さんの心を動かして、キャンモンの活動継続と、「エモナナ」のメンバーであったのあパンクさん、なのパンクさん、そしてアイドル活動初体験のひめパンクさんの4人グループとして僕ライが誕生した……という経緯があります。
私には、2024年末のTikTokライブでゆいさんに「ライブハウスに気軽に来てみてー」とお誘いいただいて、ほぼ初めて見たアイドル生ライブがキャンモンというきっかけがあるので、僕ライと僕依存ももちろん大好きですが、やっぱり、いちばんはキャンモン。
2月10日のキャンモン主催イベントに体調不良で行けなかったのが悔しすぎて、24日は「何がなんでも」キャンモンを見たかったのです。

(ゆいさんのXポストより)
ケモフェスでソロ活動者の出演はキャンモンのみ ライブ直後の本人の感想は『悔しい』
ケモフェス出演のアイドルは、キャンモン以外は僕依存を含めて2人以上の「グループ」です。1人で舞台に立つのは、ゆいさんだけ。
センクラという大きなライブハウスのステージに1人で立つことについて、もちろんどのライブでも完全燃焼のゆいさんでも、さすがに「いつもと違う緊張感がある」と話しています。
久しぶりのキャンモンを、親切なお客さんに最前列の中央を譲っていただき、じっくりと…いえ「うっとりと」20分間、楽しませていただきました。
虚弱体質な私は、ゆいさんのライブに行くことを「東京オロナ民病院に受診しに行く」と表現しています。
これ、ネタじゃないんです。どんなに体調が悪くても、ゆいさんのステージを見ていると、ネガティブな気分が吹き飛んで、心がニコニコで充満し、見終わったら元気になってしまうのです。
あくまでも個人の感想ですが、いまちょっとネガティブな気持ちに悩まされている人がいたら、ゆいさんのライブを一度、生で体感してみることをおすすめします。舞台にいる「太陽」から発散されるエネルギーはどんな治療薬よりも効果があります。あくまでも個人の感想ですww

キャンモンのライブ直後の並行物販で、チェキを撮影していただいた時にゆいさんにライブの振り返りを聞いたら「悔しい」という言葉が返ってきました。
ゆいさんは「悔しい」という気持ちを素直に教えてくれる人です。
2025年2月19日に『新高円寺 LOFT X』で開催されたライブイベントは、出演者6組がすべてソロ活動アーティストという珍しい構成でした。
この時のゆいさんは、ソロ活動の真価が問われるステージと自分で位置づけて臨みました。
全アーティストのライブ終了後に、ゆいさんに感想を聞いた時の第一声が「悔しい」でした。
他のアーティストさんを見ていて、自分には無い魅力をたくさん感じて、自分はまだまだなんだなと「思い知らされた」と、首を傾げていました。
しかし、ネガティブになりそうな気持ちを瞬時にポジティブに変換するのがゆいさんのストロングポイントです。
「他のアーティストさんを見て学んだ、今までの自分に無かったものへの気づきを生かして、次からまた成長した姿を見せる」と笑顔で締めたゆいさんに頼もしさを感じました。

キャンモンのライブを見て記憶に残ったのは『月にKissして』のセリフの部分でした
さて、2月24日、横浜センクラ。この日のゆいさんの「悔しい」は、ライブ中に歌詞を2回、飛ばしてしまったことです。
ゆいさんいわく「急に歌詞が出てこなくなった」。
私も演劇で舞台に立っていた時に、自分のセリフが急に「飛んでしまった」ことがあります。
「あれ、次なんだっけ」
何度も繰り返してきたセリフが出てこないことで、役に没入していた自分が素に戻ってしまい、パニック状態に陥りました。その場はアドリブでなんとかごまかして態勢を立て直しましたが、当時のことはいつまでたっても鮮明に思い出せます。
ゆいさんは、すぐに歌に戻りましたが、1番の歌詞を歌うところで、出てきた言葉は2番の歌詞でした。
「CANDY MONSTERのゆい」が「人間・ゆい」として、軽いパニック状態に陥ったのでしょうか。
それでもしっかり立て直すゆいさん。
ゆいさんのライブを見ていると、毎回、違う曲の違う歌詞が私の記憶に強く刺さるという謎があります。
今回のライブでは『月にKissして』のセリフ部分。
「理想と現実に挟まれて、自分自身が分からなくなる日もある。でも…」
この「でも」です。

ゆいさんの「でも」が、耳から心に素直に落ちてきました。
「自分自身がわからなくなる日がある」に対しての「でも」は、もう一度、自分自身を見つめ直す歌詞を導きます。「みんな」が見続けてくれるから「歌い続ける」覚悟を決めて迷いを振り払う。
この部分が私の心に刺さったのは、ゆいさんの「2度の歌詞飛ばし」を経ての、本当に「自分がわからなくなった体験」の伏線回収としての「でも」だったからではないでしょうか。
ゆいさんにとって、来てくれたお客さんの前で2度も歌詞を飛ばすのは、確かに「悔しい」以外の何物でもありません。
「でも」なんです。
『でも、街中、部屋の中、どこを探してもみんなの顔や音楽が溢れて、心の中から離れてくれないから、これが答えだって認めることができたし、覚悟を決めたから迷いはないよ』
このセリフがゆいさんのこころにある真実であることが、いつも以上に丁寧に伝わってきました。
ゆいさんは「悔しい」をすぐにポジティブに切り替えて、次に生かす人です。
キャンモンの舞台から約2時間後に戻ってきた僕依存のパフォーマンスで、きっちりと「覚悟」を体現して、最高のパフォーマンスを見せてくれました。

↑必殺ノアピピピ7
初めて『オロナミンゆい』の自由奔放楽しさ全振りを目撃
キャンモンを見終えたところで体力が尽きかけていたので、ケモフェスが終わったら帰る予定でした。
予定は変更になりました。
のあぴ生誕祭で、さらに3度、舞台に立つゆいさんの『覚悟』を確認したくてたまらなくなってしまったのです。
ゆいさんはこの日、5回ステージに立ちます。キャンモン1回、僕依存2回、僕ライ1回、そして「必殺ノアピピピ7」の一員として、めまぐるしく役柄を入れ替えます。
そんなゆいさんと心中してみたくなったのです。
夜公演、のあぴさん生誕祭ライブは、僕ライファンが集結して「異様な盛り上がり」になりました。
その要因は「必殺ノアピピピ7」として「エモナナ」が限定復活した点にあります。
私はエモナナが解散した後にゆいさんを知ったので、エモナナのことを知りません。
ファンの方が「アキバ・カラーズの伝説」の話を笑顔で教えてくれる時「その頃のゆいさんを見ることができた人がうらやましいなー」と、ちょっと嫉妬したり。
その「伝説」が、突如、目の前に現れました。
ゆいさんは「オロナミンゆいです!」と照れくさそうに自己紹介しました。
僕ライとも僕依存ともキャンモンとも違う「オロナミンゆい」の、楽しさ全振りの表情。
私の大好物である「なんだかよくわからないもの」……「カオス」「意味不明」に近い楽しさにあふれていました。
エモナナを知り尽くしているファンの人たちが「あの頃」を取り戻して無邪気に走り回っていました。
無になって奔放に遊ぶ空間。素敵な光景でした。
私は「必殺ノアピピピ7」を見て「楽しい」をしっかり感じましたし、メインイベントの僕ライでは、それ以上の興奮に浸りました。
体がふわっと軽くなり、立ち上がり、のあパンクさんのファンの方が渡してくれたペンライトを振って、みんなと一緒に「うぉいうぉい」することができました。
僕ライの正式デビューは2025年2月4日の浅草VAMPKINですが、初めてのお披露目、第1回のプレデビューライブは、このセンクラでした。
仙台から通うひめパンクさんのアイドルデビューの日でもあります。
あの時の「まだどうなるかわからないグループ」が、1年後に「こんなにも安心して見れるけれど、それでもまだこの後にとんでもないことが起こりそうなワクワク感に包まれたグループ」としてファンの輪が広がっている……
エモナナというレガシーを大切に記憶に留めながら、新しい道を開拓している僕ライの姿は、私たちが夢見る未来を大きく引き寄せています。
ぐらパンクさんの『あまりにも美しい立姿』に凄みを感じた
僕依存のステージからは、昨年8月に加入したぐらパンクさんがグループの成長を加速させたと確信させられる一瞬がありました。

ぐらさんの「立ち止まっている姿勢」の力強さ、シャープさ、なめらかさが、めちゃくちゃかっこいいんです。
前世のグループでダンスの振り付け担当の経験があるぐらさん。2月3日に披露された僕依存の新曲も、ぐらさんが振り付けを担当しています。
この「熟練した後輩」が既存メンバー4人を大いに刺激して、それぞれの個性の表現方法に「覚悟」をもたらしているようです。
とくになのパンクさんの「振り切れ具合」は、ぐらパンクさん加入後の僕ライのステージで圧倒的な凄みを増しています。
5人の「目立ち合い」。
5人の個性が違う点にあるから、見る人もメンバーの中でいちばん共感できる人に出会うことができ、自然とファンになっていく。
そんな「巻き込み型」としての僕ライと僕依存。のあパンク、なのパンク、ひめパンク、ぐらパンクとともに道を歩むゆいさんは以前、メンバーについて「大切な仲間であり、ライバルでもある」と話してくれました。
他のメンバーが著しく成長するなら、それを上回るパフォーマンスで自分に引きつけるのみ。
ゆいさんはいま、ストイックに「アイドルとしての自分の見せ方」を追求し続けています。
これからが本当に楽しみな僕ライと僕依存です。
ライバルではありつつも、やっぱり大切な仲間。のあぴ生誕祭でのあぴさんがソロの新曲を披露するために、ひたすら練習を続けてきた姿にゆいさんは「改めてのあぴさんの存在の大きさに気がついた」と嬉しそうに話してくれました。
仙台で夢を追う2組が出演……首都圏と仙台の『国内交流』の今後に期待
昼と夜の2公演に、仙台を拠点に活動するアイドルグループが2組、参加してくれました。
「凛々しくも臨界に咲くARTERIA」さんと「Able-Gleam」さんです。
仙台からの東京遠征。東京からの仙台遠征。
このところ、僕ライと仙台のアイドルグループの交流が活発になっています。
お互いがお互いのフィールドに進出することで、首都圏のファンは仙台のアイドルとそのファンの熱さを知り、仙台のファンは首都圏への遠征を以前より楽しみにしてくれるようになりました。
僕ライファンの間では、早くも『仙台の2組、どっち派?』という会話で盛り上がっています。
僕ライTシャツを着た人たちは、仙台組だけでなく、全出演グループの楽曲を、途中退出することをほぼせずに楽しんでいました。
僕ライTシャツの人が他グループのパフォーマンス時に目立つ行動をして応援する姿は、他のライブではあまり見ない光景です。
グループの垣根を超えて、みんなで楽しむ空間となりました。

のあぴさんの満面の笑顔を嬉しそうに見つめるゆいさん…絆の強さはガチもの
ゆいさんはのあぴさんを「ぬいぐるみみたいに抱きしめたい」と表現します。1年間、僕ライの活動を見てきた私も、その意味がわかるようになりました。
のあぴさんは「ほのぼの」しています。とても癒やし効果があります。
そののあぴさんが、生誕祭前のケモフェスで僕依存として登場した時に、普段とは明らかに違う「叫び」を放ちました。
夜のライブの主役となる自分に喝を入れるような、「ケモノフェス」にふさわしい「咆哮」でした。
ゆいさんは、夜の公演では主役を立てつつ、自分を目立たせることもしっかり計算して全力のステージを見せてくれました。
終演後のゆいさんは、疲れ果てていました。
ゆいさんは、スケジュールが過密なほど楽しくなり、夢中になり、全力以上の全力を出し切ります。
物販の際には「もう眠い」と正直に言っちゃいます。
「悔しい」と「眠い」は、ゆいさんがアイドルとしての自分に真摯に向き合っているゆえの本音として、私の記憶を何度も塗り替えさせてくれる言葉。その先の物語がわくわくしてくる魔法です。
ケモフェスと僕ライ主催の対バンイベントはいつも本当に楽しい!
もう一度2月24日の2つのイベントを振り返ると、トッパーのCHECK×MATEさんから、すべての出演者が「生ライブ」の特徴を生かした「機械的ではないパフォーマンス」でライブハウスを沸かせてくれました。
のあぴ生誕祭では、最後に出演者全員が舞台に上がり記念写真を撮影しました。

毎回、けものさんと僕ライ運営さんが厳選するアイドルは本当に素晴らしいグループばかりです。
対バンは、それぞれのグループのファンが他のグループのパフォーマンスに触れて新しい気づきを得て、素晴らしいと感じたり、自分が推すグループやメンバーの魅力を再認識できる場としての機能が生きた時に大成功になることを、勉強させていただきました。
のあぴさんの満面の笑顔。
ゆいさんの眠そうな顔。
また「最高の思い出」が増えました。
初めて生で見た、エモナナの衣装姿のゆいさんはとても素敵でした。

ゆいさん、センクラの大舞台での1日5ステージ、ほんとにお疲れ様でした。